LOGIN舞台上の先輩方の渾身の歌声による校歌の披露。
駄目だ。笑っちゃう。でも駄目。笑ってはいけない。
ふるふると
目が合った。同時に吹き出した。
良かった。私、この子と友達になれそうだ。
体感時間の長かった入学式が終わると、学科別に移動となった。
「あの、私、白雪桃歌《しらゆきももか》です。名前、聞いてもいい?」
「桃歌ちゃんね。私、橘花音《たちばなかのん》です。花音でいいよ」
「それなら私も桃歌でいいよ」
「じゃあ桃歌、LINE聞いてもいい?」
「もちろん」
桃歌は大学1日目にして友達のLINEを手に入れた!本日最大にして難関のクエスト、一つ達成しましたー!
ドラクエのあの効果音が聞こえたのは気のせいじゃない。意識的に脳内再生しました。てへ。
学科の違う花音と「また後で」と約束して、学科別のガイダンスへと向かう。花音とはお友達になれたけど。私、まだ国語科の人とは全く会話も何もしていない。
さっきの入学式で私以外の国語科の人達は少し会話していたみたい。まずい。私、出遅れてるじゃん。
国語科の人達が案内された教室に足を踏み入れた。
「速水くんは白雪さんと同じ大学なんだって?」アイスコーヒーを片手に店長、いきなりぶっ込んできたな。私の隣に座る速水くんが私に視線を送る。真横でその流し目、ちょっと心臓に悪い。イケメンの流し目は予告必須でしょうに。「大学同じ、なんですか?俺市立大の教育学部ですけど」「速水くん。白雪さんは速水くんと同い年だから敬語じゃなくても」「私も市立大の教育学部なの。中等国語科」「そうですか」うゔ。なんか塩じゃない?この速水くんは。この人本当にそうちゃんなんだろうか。他人の空似の同姓同名のやっぱり他人パターンかも。そうか。違うのか。がっかり。「速水くん、学科は?」「俺は国際コースです」市立大の教育学部には教員養成課程と国際コースと環境教育コースと……あと何だっけ?自分が受けない学科については全く調べてなかったからよく分かんない。「国際コースってことは留学とかするの?」煙の出ないタイプの煙草を口にして、私達のいない方向に息を吐く。直接喰らったこと無いけど、あの息はやっぱり煙草臭いのかな。「留学はするつもりでいます。その為のバイトなんで」「そうか。面接でも言ってたな」私が接客で忙しい中のあの面接で、速水くんは留学について語っていたのか。ちょっと聞きたかったかも。熱く語ったのかな。「白雪さんはバイトで金貯めて何かやるんですか?」「えっ……と、特に、は……」急に速水くんに話を振られて動揺した。ただ話題を振られただけなのに。動揺し過ぎ、私。てか"何か"って何よ。“何か"が無いとバイトしちゃいけないわけ?「白雪さんは大阪の彼氏に会いに行く交通費にするんじゃないの?」え、ちょっと店長。彼氏の話とか、やめてよ。そうちゃんかもしれない人の前で。「遠距離恋愛ってやつですか」「遠距離……ん、まあ」冷たい目。「こいつ、恋愛しかしてない浮かれたその辺の女なんだな」って目が言ってる。そこまで塩にならなくてもいいじゃん。恋愛ぐらいしたっていいじゃない。あんまり、知られたくなかった。そうちゃんかもしれない速水くんに、私に彼氏がいるなんて。そもそも伊沢くんとは恋にすらなってない相手だというのに。やっぱり私、伊沢くんには恋が出来ないのかもしれない。付き合って1ヶ月も経ってないけど、やっぱりやめていいかな?私、ひどいやつかな?「速水くんは?彼女は」「……遠距離になっ
LINEを閉じた。また伊沢くんからメッセージが届いたけど既読は付けない。バイト中にバイトじゃない理由で疲れるのは嫌だ。伊沢くんとLINEをすると疲れる。他の人だと疲れないんだけどな。これは伊沢くんに恋をしていない証拠なのかもしれない。それでもまだ別れないのは彼氏がいるというステータスと、まだ付き合って1ヶ月も経っていないということが理由だった。もしかしたら、ちゃんとデートしたら恋ができるかもしれない。デート……。会いに行くのか。新幹線代を使って。行くなら5月の連休とか?でもそのあたりって、出来ればバイトに入ってお金を稼ぎたい。伊沢くんがこっちに帰ってきてくれればいいのに。そうしたら私が新幹線代を気にしなくて良くなるのに。わかっている。その考えには伊沢くんに対する思いやりというものが、かけらも存在しないということぐらい。卒業式ぎりぎりじゃなくて、もっと前から付き合ってれば違ったのかな。新幹線代なんて気にしないで会いに行けるくらい、私は伊沢くんを好きになってから遠距離恋愛を始めたら良かったのにな。会いたくて会いたくて震えるとか。私は伊沢くんに対してそう思ったことは一度も無い。この先、そんな日が本当に来るのだろうか?「──速水です。よろしくお願いします」速水くんの、バイトデビューのその日。私はシフトに入っていた。今日のホールは私と速水くん。キッチンは店長だけ。大丈夫か今日。「白雪です。速水くん、下の名前は?」「蒼」「そう?」「はい、そうです」名前、そうちゃんと全く一緒!やっぱり、速水くんはそうちゃんなのかな?「あの、お母さんって……」「お客さん、来ましたけど」彼のお母さんの名前を聞こうとしたと同時にドアベルが揺れた。しまった!接客教えないとだった。何やってんの私!「いらっしゃいませー!お客様2名様でよろしいですかー?こちら奥の席どうぞー」すらすらと口から出る定型文にも慣れてきた。今度は速水くんが慣れないとなんだけど。「お冷とおしぼり、2人分持ってって」「注文はどうします?」「今は覚えて!たぶんドリンクだから。ハンディーの使い方は後で教える」速水くんの後ろ姿を見送りつつ、彼の声が聞こえるぐらいの距離でできる雑用を探す。……本棚の整理でもしようか。──うん、問題無いね。ホット
LINEはしてる。毎日、義務のようにしてる。ただ私、彼にまだ恋をしていない。告られて勢いでOKしたけど、それまでに彼とそんなに会話をしたことが無かった。これがまだ、近い距離の人なら会って、その人の良いところを見つけて恋をしていけるのかもしれない。でも彼に会うには新幹線に乗らないといけない距離なわけで。恋が出来ていない相手に往復の新幹線代を捧げるのって、ぶっちゃけしんどい。「栗原さん、彼氏さんとはどれくらいですか?」「もうすぐ3年かなあ」「長いですね」「そう?」「そうですよ。同じ人に3年も恋できてるんでしょ?」「恋……んー、恋ねぇ……」え、歯切れ悪い?私何かまずいこと言った?話題変えよう!「お冷、ちょっと見てきます」おもむろにピッチャーを取り出して大量の氷水を注ぐ。氷水はあっという間に満タンになった。「失礼します」全てのテーブルのお冷をチェックしながら追加の水をコップに注ぐ。A78のコップに水を注いでいるときだった。「栗原さん、まだあの彼氏と付き合ってんの?」──手を滑らして水をその男性にぶっかけてしまいそうだった。ギリギリのところで耐えた。私、偉い。栗原さんのプライベートに関わること。イエスもノーも言っちゃまずい気がする。「プライベートなことは、私では……」「いいじゃん教えてよ」……この人、しつこい。「私ではわからないので直接聞いて頂いた方が」「西野。おねえさん、困ってるだろ」良かった、助け舟。そりゃね、9人もいるんだから止めに入ってくれる常識的な人が1人ぐらいいてくれないと。そしてこの栗原さんに付き纏ってるライトなストーカーは西野というらしい。「失礼します」西野さんの追及に困りながらもお冷を入れていた私、偉い。お冷周り終わったらアイスミルクコーヒーをカウンターに追加しよう。このバイトの何がいいって、自分で作ればドリンク飲み放題ってところよね。お冷を周っている最中にお客がまた増えた。対応しながらお冷周りの続きを終えてカウンターに戻った。「白雪さん、休憩入って。私ホール入る」「──A78、まだいらっしゃいますけど」「いい。慣れてるから」慣れてるって。栗原さん、結構大変な思いしてきたんですね。奥で休憩しようとアイスミルクコーヒーを手にキッチンカウンターに足を踏み入れると同時に栗原さんのイケメン彼氏がドアベルを
彼の面接が始まってから、お客様が帰ったりまた増えたりで、少し忙しくなった。 順番にテーブルの下げをしていた。 「A7とA8、先に下げてくれる?」 「……?はい」 栗原さんの指示にとりあえず頷いてみる。 「隣り合わせのボックス席を空けておくと大人数の客が入ったときにいいんだよ」 A7は6人掛け。A8は4人掛け。両方空いてると一度に10人座れる。こんなド平日に大人数の客ってあんまり来ないような気はするけど、空けた方がいいと先輩に言われたらイエスかはいで応えるしかない。 A7とA8の下げを終えてシルバーの上の食器を片付けていた。 「いらっしゃいませー。お客様何名様でしょうか?」キッチンの栗原さんが声を張り上げた。Aの78《ナナハチ》下げてて良かった。栗原さんの勘はすごいってことか。 20代前半と思われる男性客がええと……9名か。シルバーにお冷とおしぼり載り切るかな? 「私も行くわ。私お冷持ってくからおしぼりお願い」 キッチンから出てきた栗原さんがシルバーにどんどんお冷を載せる。……早技。 栗原さんと同じぐらいの年齢かな?成人男性の集団って迫力ある。栗原さんが「いらっしゃいませ」と言いながら淡々とお冷を置いて一歩下がり、それに続いておしぼりを置いていった。 「白雪さんあと注文お願い」 「はい」 「俺栗原さんがいいんだけど」 A7に座った男性が栗原さんに向かって口角を上げた。栗原さん、今日イチの冷笑が出てる。やばい、これ。栗原さん、明らかにイライラしてるやつ。 「私はキッチンに戻らないといけないので。白雪さん、あとはお願い」 「あ、はい」 そのまま足早にキッチンに戻る栗原さん。ニヤニヤと栗原さんを見送る男性。この2人、何かあったわけね。同じボックス内の他のお客様はその光景をチラ見しつつもメニューを覗き込んでいた。 「お決まりになりましたらお呼びください」 男性陣の無言の頷きを見届けて、カウンターに戻った。B6の席はもう空いていた。栗原さんは苦虫を潰したような顔。A78の客についてはツッコむの禁止ってことね。 「面接、終わったんですね」 そう、A78よりも私の今の最重要事項はそうちゃんぽい人が面接に来ていたことだった。 「そうだね」 栗原さんの表情が戻った。良かった。 「店長、さっきの子はどうなったんですか?」
30分程滞在した亜樹は早速明日の夕方からシフトに入るらしい。明日私はシフトに入っていない。残念。 B6の下げを終えてカウンターに戻る。 「亜樹ちゃん、いい子だから安心して」 洗い終わった食器を食洗機からどんどんカウンターに容赦無く重ねながら、栗原さんは微笑んだ。 「はい。今日は亜樹のコミュ力に助けられました」 「どゆこと?」 「学科の女子のLINE、亜樹が間に立ってくれたから全員と無事交換出来たんです」 「さすが亜樹ちゃん……」 栗原さんが手際良く次の食器を食洗機に並べて、蓋を下ろすと勢いの良い水音が聞こえた。 「今日ってもう1人、面接来るんでしたっけ」 「うん。そっちは全く初めての子だね」 「今度の子はもうすぐ来るぞ。電話の声と名前からして男子だ」 奥からふらりと店長が出てきた。もう食パンは切り終えたらしい。結構大量だったな。 「男子、珍しいですね」 「珍しいんですか?」 「喫茶店の店員って女子が多いでしょ?」 「……確かに」 じゃあ店長はどうなんだ?という疑問が喉まで出てきた。でも引っ込めた私はちょっと大人、だよね? 「栗原さん。じゃあ俺は男子じゃないのかよお?」 わざとらしく悲しそうな表情を作った店長に、栗原さんは真顔になった。 「店が空いてくるとスロット行っちゃう店長はカウントしていいんですか?」 「……すんません」ドアベルの音に3人同時に顔を上げると「いらっしゃいませー!」の台詞が3人ともハモった。「おひとりさまですか?」定型文を口に並べる私は彼の顔を見て固まりかけた。その彼は、今日入学式で見かけたそうちゃんらしき人とそっくりだった。そっくりなんてものじゃない。たぶん本人。地下鉄黒川駅から程近いこの喫茶ロミオ。うちの大学の学生御用達だったのこの店?亜樹といい、そうちゃんらしき人といい、私といい、すごい確率。「──バイトの面接、18時にって言われてるんですけど」私の知らない心地良い低音。それでもかつてのそうちゃんの面影を声に感じて、軽くテンパりそうだ。「店長、面接の子来たみたいです」カウンター越しの背後に栗原さんの声が聞こえた。なかなか席に案内しようとしない私に、彼は怪訝そうな顔をした。「あの……」「あっ……こちら奥、窓に近い席へどうぞ」我に帰ってB6に案内する。彼は4人席へと足
「おはようございまーす」 今日のバイト開始は17時。夕方なのにおはようございますの挨拶をするというサービス業の常識にも、ようやく慣れてきた。 大学に合格してすぐに始めたのはバイト探しだった。流行りの服を買うにも美容院に行くにもお金が必要。今もまだ親からお小遣いを貰っているけど、その額ではとても追いつかない。 世の中には、進学しないで高卒で働いている人もいる。私と同じ年齢の人が、だ。いつまでもお小遣いを貰うっていう事実には抵抗はあったけど、でも無いよりあった方がいい。頂ける間は頂こう、というのは甘い考えだと言われても文句は言えない。 そもそも学費は親に出してもらっている。その時点で既にスネかじりだ。学生の間はもう開き直るしかないという結論に至った。 私達スタッフのいるカウンターから見て、左手の広いエリアをA、右手の若干狭いエリアをBと呼んでいる。現在Aの空席は4人席が3つ、6人席が2つ。Bの空席は4人席が2つに6人席が1つだ。この時間であれば混み過ぎず空き過ぎず、といったところかな。 「白雪さん。今日バイトの面接2人来るからB6そのまま空けておいてくれる?」 たった今B6──Bの6人席で窓側の席だ──の下げをしたばかりの私に店長が告げた。 「面接、2人も来るんですか?同じ日って珍しいですね」「2人のうち1人は前ここでバイトしてた子なんだよ。受験があるからって辞めて、またここで働きたいって言うから形式上の面接。もう1人は全く新しい人」受験で辞めて、終わったから復活。ということは──?「その形式上の人は、私と同い年かも、ですか?」「そう。大学1年。もう1人もだよ」どっちも同い年か。2人とも一緒にやれるといいな。「2人も増えるんですね」バイトの経験が沢山あるわけではない。でも、一度に2人増えるということは珍しいことなんじゃないだろうか。「栗原さんが就活で忙しいからね」そうだった。大学入学したての私にはまだまだ遠い未来だけど、今キッチンの中で忙しくミーサン──ミックスサンドの略だ──を作っている栗原さんは大学4年生だった。「ミーサンとホット、出ます」栗原さんの合図でシルバー──銀色のお盆のことだ──にホットとサンドイッチのセットをする。バイトに入った当初は手間取ったけど、始めて2週間、少しは慣れたと思う。「──以上で